読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

ギーターの暗唱のようなことが起きた

バガヴァッド・ギーターを読む会の関西開催で、こんなことがありました。

参加者の感想のなかに、クリシュナがまるで「ジャイアン・リサイタルのようだ」「なんでこんなにパーティー・ピーポーっぽいのか」という率直なコメントがあり、わたしもそんなことを思っていたな…と回想しました。

そのことをなんとなく口にしたら、暗唱みたいになりました。

 

わたし:ジャイアンか!」というツッコミを入れたくなる感じ、すごくよくわかります。わたしははじめに読んだとき、この神様はアントニオ猪木みたいだなぁ… と思いました。

参加者:ああああああ~

わたし:元気があれば…

参加者:なんでもできる

わたし:迷わず行けよ…

参加者:行けばわかるさ

 

このときは「今日はたまたまプロレスが好きの人が集まっていたのだろうか」と思ったのですが、このフレーズはプロレスに関係なくすぐ出てくる人が多いようです。

よく考えたらクリシュナの言葉は「戦いのための鼓舞」だから、アントニオ猪木さんの言葉とも重なるわけなんですよね。

それにしても、この暗唱コール&レスポンスっぷりは、まるでインド人にとってのギーターのよう。日本語の詩の力(この場合はポエムでなくリリック)に驚きました。

ビンゴでギーター 2章47節

(※2016年に東京で選定者が増えたため加筆しアップデートしました)

この2章47節は京都で1名、神戸で2名、東京で6名の選定者があったほか、共感する人の多い節です。選んだきっかけとして、こんな理由をお話してくれました。

  • いま非正規雇用で働いています。去年ある時期、ボリューム的内容的にも「わたしじゃないな」という仕事を引き受ける状況だったのですが、そのときに「やれっていわれればやりますけど」というエンジンのかけかたでやって、でも「なに?」と思う気持ちや、安く使われている気持ち、踊らされている気持ちがありました。この節を読んで、お金をもらうとか褒めてもうとか、そういうことを求めないということを考えました。(東京・Nさん)
  • いま治療に専念していて、精神的にきつく、毎回つい結果に執着してしまうので。(京都・Hさん)
  • 子供のころには「親の期待に応える=結果」、長く営業職についていた頃は「成績を上げる=結果」という生活を長くしていて、しんどかった。ヨガを始めたきっかけもそこにあって、「結果を求めなくていい、自分そのものでいい」という感覚が心地よくて今に至っている。長い目で見て、いままで自分が積み上げてきたこともいまの自分になっていると思う。でもそれにもまた執着してはいけない。はじめてギーターを読んだときに「執着するな」というメッセージがとにかく心に残った。(神戸・Mさん)
  • ふだん行動したり生きている間に、絶対に結果を気にしながらどんな行為もやっていて、行為自体に意味を見出していることがほとんどないなぁと思って。ついつい結果が欲しくなる。【⇒損すると、悔しいでしょ(うちこ)】⇒そう! 損をしないように生きていることが多い。(東京・Kさん)
  • 2年前にヨガの勉強で先生からレポートの宿題を出されたときのテーマが「無執着で仕事をおこなう」でした。そのときに先生からいただいたコメントは「『無執着』は執着しないことですが、無執着にも執着しないことも含めます」という深いものでした。(神戸・Mさん / 京都より参加)
  • これまでわりと好きなことをしてきたなか、今はあまり好きではないことも仕事の中にあります。以前はこの状況について、過去と比べてどうなのだろうと思っていたのですが、あるときから「これも修行だ」と捉えられるようになり、そのときの感覚とこの節が似ているので選びました。(東京・Sさん)
  • 夫がパソコンの操作に困りヘルプを頼まれたときに、いつもエラそうな態度の夫に対して、落ち着いて対応できるようになっていた。いままでは「こうしたら?」と言うと「それはもうやった」と却下するような態度なので、今回は「こんな検索ワードで調べたら情報が出てくるから、やってみたら?」と提案した。穏やかにことが進み、しばらくしたら「ありがとう」と言われる結果になった。あとで振り返ると、いままでであれば「どうせ却下されるから」と思ってこちらも応戦するような態度になりがちだった。でもこのときは、「提案はしてみる」という感じで、「無為に執着してはならない」ということができていたのかもしれない。このできごとと、ギーターのこの節が重なったので選びました。(東京・Yさん)
  • この節を読んだ時、映画「シン・ゴジラ」で観たシーンを思い出しました。自衛隊ゴジラに全ての弾を撃ち尽くしたものの失敗、作戦本部は壊滅。それにも関わらず作戦本部長が「気落ちは不要、攻撃だけが華じゃない。俺たちには逃げ遅れた人を避難させるという重要な役割がある。住民の避難を急げ!」と言う場面。
    許されざる失敗のあとでしたが、作戦立案者(クリシュナ)の職務を精一杯遂行した上での結果なので失敗に執着せず、次にやるべき職務を遂行する。ギーターは初めて読みましたが何ともフィットするシーンでした。(東京・Iさん)
  • ギーターを初めて読みました。ちょうどそのまえに夜と霧」という本を読んだばかりだったので、「こういう宗教の解釈があるのか」と感じ、その本(夜と霧)のことを思い出しました。その本のなかに極限の状況においても自分を卑しくさせないまともな人と、そうでない人しかいないというようなことが書いてあり、その「まとも」の定義のようなものと似ていました。その瞬間瞬間を生きる力のようなものです。
    「あなたの職務は行為そのものである。決してその結果にない。」のところが、その本を読んで今こうありたいと思っている自分にピタリときました。(東京・Uさん)

 

京都でこの節を選んだHさんの理由を聞いて激しくうなづいている人がいたので、理由を聞いてみました。こんなことを思い出したそうです。

  • 先月、仕事で後ろから横からバンバン弾が飛んできて、泣きそうになりながらやっていた。そのときのことを思い出しました。(京都・Mさん)

 

 

さまざまな局面に刺さってくるこの節を、いろいろな訳で読んでみましょう。 

あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。行為の結果を動機としてはいけない。また無為に執着してはならぬ。

上村勝彦 訳

結果を求めることありきで行動を考えるな、と。

この訳は、最後の「無為に執着してはならぬ」が少しいまの日本語感覚だとわかりにくいかもしれません。

ここは「akarmani」⇒「a(not)」+「karma(行為)」です。わたしははじめ、「無為」という語には「無為自然」のよいイメージをもっていましたので、「自然に起こる執着に身を任せてはならぬ」という誤読をしました。

 

別の訳も見てみましょう。

君には 定められた義務を行なう権利はあるが

行為の結果については どうする権利もない

自分が行為の起因で 自分が行為するとは考えるな

だがまた怠惰におちいってもいけない

田中嫺玉 訳

 最後の部分が「怠惰におちいってもいけない」となると、「結果が自分のものではないからといって、ふてくされちゃぁいけないよ」というタマス性に対する注意が読み取りやすくなります。「行為の結果については どうする権利もない」というのも現代的な感覚で入ってきやすいです。

 

おまえの関心は行為のみにあり、決して行為の結果にあってはならない。行為の結果を、おまえの動機としてはいけない。また、おまえは無行為に執着してはいけない。(宇野惇 訳

「関心は行為のみ。結果にあってはならない。」と、かなり強いメッセージです。この節に励ましを感じる人には、この力強さがたまりませんね。 

 

さて。英文だと、どうなるでしょうか。

みなさん、結果を英語で言うと、なんですか? という質問をすると、ほとんどの人が「result」と答えます。「結果」にもさまざまなケースがあると思うのですが、ここに多様性を感じさせるふくらみのなさは、日本語の感覚、日本語的思考の特徴です。

英文の訳を見てみましょう。

You have a right to perform your prescribed duty, but you are not entitled to the fruits of action. Never consider yourself the cause of the results of your activities, and never be attached to not doing your duty.

http://vedabase.net/bg/

成果への期待は「fruits」、行為の結果は「result」という微妙な違いがあります。

原因と結果(因果論)はインド哲学の中でよく出てくる概念ですが、英語で説明を読んでいると、結果が「result」ではなく「effect」と訳されているものを見かけます。

わたしはこの「effect」という訳にハッとしたことがあります。

日本語の感覚では「結果」というと、ゴールした後のイメージしかなく、まだゴールしていない「影響を受ける」段階は結果のなかに含まれない感覚があります。

 

成果の定義を明言せず「よい影響を与えたい」という大義名分や「参加することに意義がある」という動機づけすらも執着であると、そこまで言われているような気がします。「参加することに意義があろうがなかろうが、参加する」「求められていようがいまいが、やる」。バガヴァッド・ギーターのなかには、要約すると「いいからやれ」のひと言に尽きるものが多いですが、この節はかなり究極的な言い回しにも関わらず、励まされる人が多い。圧倒的な行動力を導き出してくれる節です。

ビンゴでギーター 2章62節と63節

(※2016年に東京で選定者が増えたため加筆しアップデートしました)

この節は関西で2名、関東で5名のかたが選定されました。理由をお聞きすると、怒りから破壊へのプロセスの説明がわかりやすいということでした。それぞれ以下のようなコメントでした。

  • ギーターを読んでみたらなにが言いたいのかさっぱりわからないところも多いですし、ツッコミどころも満載でなかなか前に進まないなか、この節は気になりました。(神戸・Sさん)
  • 愛着→欲望→怒り と繋がるところが気になりました。はじめは「愛着→欲望」はわかるのだけど「欲望→怒り」がなんでかな、と思いました。でもよく考えてみると、戦争もまずは「自分の家族を大切にしたい」という思いがあって、それが、幸せにしたい→できない→貧富の差でできない(よそからとってやれ、など)というふうになったりするのかなと。テロリストの行為も、もともとは愛する対象を幸せにできないことへの怒りからはじまるのかなと。(東京・Kさん)
  • 最近のストーカー犯罪に対しての加害者の存在を思い起こされたのと、餃子の王将社長の銃撃事件を思い出しました。報道では社長さんは毎朝誰よりも早く出勤してきて自ら本社の玄関掃除などをされたり、全国の王将の社員の顔を覚えていたりと「人格者」のような感じで報道されていたのですが、“恨み”(執着)を持たれてしまうということがあるのだなと…。自分も何か分からないあいだに巻き込まれているようなことがあるかもしれないと京都に住んでいる(王将本社の近くに住んでいる)友達と話していました。(神戸・Hさん)
  • ある日会社の後輩の行動にすごくカチンときてしまいました。あとで冷静になって考えてみれば、本当に気にするようなことではない内容なのです。しかし、なんだかその時はものすごくモヤモヤしました。その後「自分がやった仕事に対する執着だ」と冷静に分析できました。(東京・Aさん)
  • 夫と些細なことで口論となった時、言った言わないの水掛け論になることがあります。相手を説き伏せようとしても、権力争いを続けるだけで解決にはなりません。ギーターのこの部分を読んで、その仕組みがわかった気がしました。勝とうと思わないことにしました。負けず嫌いという相手の性格を変えるのは難しいので、その事態に、自分の心の問題として「いま相手は、記憶の混乱が起こって知性を失っているのだな。こちらの言葉は受け入れない状態だな」というふうに、眺める自分に変わることはできると思うので。自分のほうが正しいと思うけど、争うのはやめておこうという段階です。(東京・Yさん)
  • 欲望と、変な行為にとらわれた人の気持ちや行動の流れがうまく説明されていて、なるほどと思いました。ストーカーや、誰でもいいから殺したかったという人、殺人でなくても盗撮をする人も、欲望にとらわれて他が見えていないと感じます。身近なことでは、ストレスの多い職場にいたときの夫は扱いずらかったことを思い出しました。(東京・Iさん)
  • 人との距離が近い職業ほど、情緒の統制が難しいと感じます。夜勤が続いて精神的・肉体的疲労がピークな時ほど、患者さんから暴言を浴びせらたりするのは不思議です。しんどくてマズい時は、いつかニュースでみた痛ましい事件を思い出し「明日は我が身?」と、脅かしクールダウンさせるような状況が続いています。医療従事者のマニュアルには「統制された情緒関与」といって、「どういう状況であっても客観視せよ」というようなことが示されているのですが、「そうは言っても…」ということがあります。(東京・Kさん)

この2つの節は人間の怒りの感情の仕組みとその先にあることを示すもので、たった4行でよくもこんなにシンプルに表現するものだと唸る節でもあります。

人が感官の対象を思う時、それらに対する執着が彼に生ずる。執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生ずる。
怒りから迷妄が生じ、迷妄から記憶の混乱が生ずる。記憶の混乱から知性の喪失が生じ、知性の喪失から人は破壊する。
上村勝彦 訳


ほとんどが仕組みの説明のため、日本語では翻訳者ごとのニュアンスの幅がそんなに広がることがありません。
英語版の例もあわせて表にします。(訳者敬称略)

サンスクリット語 上村 田中 熊澤 iPhoneGita SWAMI RAMA
sanga 執着 愛着 執着 執着 執着 attatchhment attatchhment
kama 欲望 欲望 欲望 欲愛 欲望 desire desire
krodha 怒り 怒り 怒り 忿怒 忿怒 anger anger
moha 迷妄 妄想 妄想 迷妄 迷妄 delusion delusion
smrti 記憶 記憶 記憶 記憶 記憶 memory memory and loss of mindfulness
vibhrama 混乱 混乱 混乱 混乱 混乱 confusion confusion
buddhi 知性 知性 理性 智慧 理性 reason faculty of discrimination

ここではスワミ・ラマの例を出しましたが、サンスクリット語→英語の場合は日本語の感覚とはまた違った妙味があります。
スワミ・ラマの英語を経由して日本語化すると、スムリティは「記憶そしてマインドフルネスの喪失」、ブッディは「分別能力」。現在はさまざまな心の状態を示す語がカタカナで使われるようになっているので、若い世代にはこちらのほうがスッと入ってくるかもしれません。


(参考)さまざまなギーター本はこちらで紹介しています。
d.hatena.ne.jp