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まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

ビンゴでギーター 18章47節

この節は神戸で3名、東京で1名のかたが気になった節として選んでいます。前半が3章35節とまったく同じなので、こちらを選んでいる時点で、決め手としては「天性によって定められた義務」「罪の意識」のあたりにおのずとフォーカスがあたります。4名のうち3名…

ビンゴでギーター 3章8節

この3章8節は神戸と東京でビンゴしました。それぞれわりと長くヨガを練習しているかたですが、こんな理由をお話してくれました。神戸参加のかたは上村勝彦訳、東京参加のかたは スワミ・ヴィラジェシュワラ著/岡太直 訳 を読んでのコメントです。 ここ数年意…

ギーターの暗唱のようなことが起きた

バガヴァッド・ギーターを読む会の関西開催で、こんなことがありました。 参加者の感想のなかに、クリシュナがまるで「ジャイアン・リサイタルのようだ」「なんでこんなにパーティー・ピーポーっぽいのか」という率直なコメントがあり、わたしもそんなことを…

ビンゴでギーター 2章47節

(※2016年に東京で選定者が増えたため加筆しアップデートしました) この2章47節は京都で1名、神戸で2名、東京で6名の選定者があったほか、共感する人の多い節です。選んだきっかけとして、こんな理由をお話してくれました。 いま非正規雇用で働いています。…

ビンゴでギーター 2章62節と63節

(※2016年に東京で選定者が増えたため加筆しアップデートしました)この節は関西で2名、関東で5名のかたが選定されました。理由をお聞きすると、怒りから破壊へのプロセスの説明がわかりやすいということでした。それぞれ以下のようなコメントでした。 ギー…

サイコロジカルのヨガ、サイコフィジカルのヨガ

シャルマ先生はまだ若いので(わたしより若い)、講義はいつも事例が現代的。モンキー・マインドの説明に「まだ手持ちのものが使えるのに、新しいiPhoneが欲しい人」が出てきたり、有名な聖者が世界でどんなふうに支持されているかにもアンテナが張られてい…

サドゥーとストレス

インドのリシケシという場所には、たくさんのサドゥーと呼ばれる人がいます。だいたいはオレンジ色の服を着て、アシュラム周辺やガンジス川の河川敷で生活をしています。はじめは「こんな生活をする人が実際にいるなんて」とインドのそれらしさに刺激を受け…

集中したアーサナの練習1回で、ギーターを1冊読んだような心身読了感

アーサナを何年も継続してからギーターを読むようになった人が、読書会で感官の制御に関する節を選ぶケースが増えてきました。わたしはヨーガはその哲学に入る前にアーサナのクラスを経てから参加いただくのがよいと思っていて、アーサナのクラスはもちろん…

仏教とヨーガの共通点

シャルマ先生はいつも「違い」よりも「共通点」で語ること心がけているようで、仏教とヨーガの共通点についてもぽつりと話されたことがありました。 いずれも belief ではなく、way of life たった一行なのに、響きます。 この話は「宗教って、何ですか? 主…

ビンゴでギーター 2章32節

この節は関東で1名、関西で1名のかたが選定されました。選択理由をお聞きすると、お二人ともクリシュナ強い鼓舞のメッセージに少し違和感を感じつつの選択でした。理由は、それぞれ以下のようなコメントでした。 関東でこの節を選んだかたの、訳とコメントは…

ビンゴでギーター 12章5節

この12章5節は東京で2名のかたが選定されました。顕現(vyakta)と非顕現(avyakta)について説いている節です。 だが、非顕現なものに専念した人々の労苦はより多大である。というのは、非顕現な帰結は、肉体を有する人々によっては到達され難いから。(上…

ライチをはじめて食べたときのこと

バガヴァッド・ギーターに出てくる smrti(記憶)に karma-indriya(行為器官)、jnana-indriya(知覚器官)と直接経験、推論を組み合わせた事例として、こんな話をしました。以下、口語調で書きます。 わたしはインドの書物にある記憶や五感・知覚・経験に…

きゃりーぱみゅぱみゅ

バガヴァッド・ギーターやヨーガ・スートラに出てくる smrti という「記憶」に関する話題のなかで、こんな話をしました。 「かわいい」にもいろんなかわいいがあります。ピンクや赤のようなものや、まぁるいもの、ラブリィ、プリティ、ちっちゃなタイニィ… …

さまざまな Law of nature

「ダルマ」が主題の講義のときに、シャルマ先生がさらっと雑談しながらリストした「自然法則」の例は、いかにもインド。 ガンガー(ガンジス川)には汚いものも流れてる。バラナシへ行ったら全てが合流して、もうぐちゃぐちゃだよね。それがダルマ。 わたし…

ビンゴでギーター 3章35節

※2016年4月に関東で選定者が増えたため、加筆しアップデートしました。 この節は関西で2名、関東3名のかたが選んでいました。前半は18章47節と同じですが、カーストのない日本人にはこの3章35節のほうが沁みやすいようです。 18章47節の後半は「本性により定…

マインドレスのマシーン状態

カパーラ・バーティの説明でシャルマ先生が話していたことのメモに、こんなフレーズがありました。 mindlessの、マシーンのようなやりかたでは影響が少ない。 影響というのは、この呼吸法はカパーラがバーティする。頭蓋骨がピカーッと輝く。クリヤ。浄化。 …

行為と知識。感じているときがチャンス

シャルマ先生の講義ノートに、こんなメモがあり、ここは見るたびに「!」となります。 knowledge - feeling - action | chance action は knowledge を兼ねるけど、その逆はない。100のことは同時に起こる。 「言うのは簡単」というだけでなく「知ってる、と…

男は九つの門、女は十の門。ヨーガは長らく、男性たちのものだった

ヨーガでは感覚を統制することを教えるので、わたしはアーサナのクラスでもたまに、感官=門の説明をします。 ヨーガでは肉体を「九つの門のある城」のように表現します。門というのは、感覚の発生するきっかけを作る穴。眼×2、耳×2、鼻×2、口、尿道、お尻の…

呼吸が変わると心が変わる

インドで毎朝プラーナーヤーマの実践、午後に理論や哲学を教わっていたときのこと。午後の哲学の授業の時間に、シャルマ先生による 「プラナヤマの練習で大切なことはなに?」「What is yoga, what is not yoga?」 という問いかけからクラスが始まったことが…

夏目漱石の小説をインド哲学講座の題材にしている理由

2015年の夏の関西開催で、夏目漱石作品をもともといくつか読んでいて初参加をされたかたから「なんで夏目漱石なんですか?」というシンプルな質問をいただきました。 そこで作成したテキストに補足を加え、主な理由をいくつか紹介します。 二元論を超えよう…

1分の静寂。コントロールとクリーニング

わたしのヨガクラスでもよくやる「1分間サイレンス」の話。インドで授業のはじまり、合間に、先生が Silence と言ったら、すぐ1分間の静寂をつくり、黙想する。すべての先生がやっていたわけではないのですが、わたしが哲学を教わったシャルマ先生は毎回やっ…

エネルギーを与える前提で、背骨を立てて座る

座り方の説明を受けたときのこと。 「体の根っこから喉までのエリアがだいじ。このエリアを大きく使えるように、背骨を立てる」 という話の後に、シャルマ先生がなにげなく、こんなことを話されました。わたしは、これがいまだに心に残っています。 まっすぐ…

ビンゴでギーター 12章12節

この節は東京で2名のかたが選定されました。この節は、以下の修行のステップやありかたを示す説ですが、選定された方々の選定理由はまったく違う視点ものでした。 santih(静寂) ↑ karma-phala-tyagah(行為の結果の捨離) ↑ dhyana(瞑想) ↑ jnana(知識…

食事の前に歌うバガヴァッド・ギーター「15章14節」と「消化」のこと

座学で途中におやつタイムを入れる際に唱えている歌は、バガヴァッド・ギーター第15章14節です。 私は一切人火(ヴァイシュヴァーラナ)となって、生類の身体に宿り、プラーナ気とアパーナ気に結びつき、四種の食物を消化する。(上村勝彦 訳) 歌は、わたし…

そこに「編纂」はあっても「預言」はないヨーガ・スートラ

わたしがインドで受けた哲学の授業は、 初日に インド哲学は「心と体は離れていない」というのがベースだよ パタンジャリって、「ヨーガ・スートラの人」「プレイヤー(祈祷師)の人」「文法家の人」、有名な人が3人いるよ ヨーガ・スートラは何度読んでも発…

サーンキヤ・カーリカー インデックス (Samkhya Karka Index 01~73)

イーシュヴァラクリシュナによる70節と、ほか3節、合計73節のインデックスです。 どの節も常に巡回・更新を行っている、翻訳演習ノートのようなものです。 学びが深まったり間違いに気づいたらガラリと更新していますので、見た日の時点の内容と思って読んで…

(参考)「Matharavritti」から見出される第73節

「バラモンの精神界 インド六派哲学の教典」訳・解説 湯田豊には、他の書「Matharavritti」から見出される第73節の訳があるのでここに引用紹介します。 それゆえに、完結に考察されたこの教典は内容を欠いていない。そして、それは広大な教典という鏡に反射…

「シャシュティ・タントラ」から逸話をカットし、議論を避けた書き方になっている

サーンキヤ・カーリカー 第72節・その注釈で述べられていること 実に、ここまでの70節で述べられたことは「シャシュティ・タントラ(sastitantra)」全体の要旨でもあります。「サーンキャ・カーリカー」では逸話をカットし、議論も避けています。 <「サー…

イーシュヴァラクリシュナが簡潔なアーリヤー調の詩節にした

サーンキヤ・カーリカー 第71節・その注釈で述べられていること 弟子たちを通じて伝えられたこの教えは、教義をよく理解し、高貴な心をもつイーシュヴァラクリシュナによって簡潔なアーリヤー調の詩節にまとめられました。 <「サーンキャ・カーリカー」内で…

聖者からアースリへ、アースリからパンチャシカへ伝えられた

サーンキヤ・カーリカー 第70節・その注釈で述べられていること この聖なる最高の教えを、聖者は親愛の思いでアースリに与えました。アースリも、それをパンチャシカに与えました。彼(パンチャシカ)によって、その教義はつまびらかにされていきました。 <…

存続と生と死について考え伝えられた、秘められた知識

サーンキヤ・カーリカー 第69節・その注釈で述べられていること このプルシャの目的である知識は秘められ、最高の聖仙から伝えられました。それは存続、発生、崩壊について熟考され、構成されたものです。 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>この節…

肉体から離れて独存へ

サーンキヤ・カーリカー 第68節・その注釈で述べられていること 肉体から離れ、目的が達成されると根本原質は活動をやめ、たしかで、かつ終わりのない「独存」に達します。 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>よく「独存」や「解脱」と訳される kai…

完全な知識を得ても、過去の勢いで肉体は保有し続ける

サーンキヤ・カーリカー 第67節・その注釈で述べられていること 完全な知識を得ることで、功徳などのダルマが作用の原因としてはたらくことはなくなります。ろくろが粘度を取り去っても過去の勢いで回転し続けるように、身体は保有し続けます。 <「サーンキ…

プルシャは見ただけ。プラクリティは見られただけ。ただそれだけ

サーンキヤ・カーリカー 第66節・その注釈で述べられていること 一方は「わたしは見た」と思って無関心になり他のものは「わたしは見られた」と思って活動をやめます。両者が結びついたとしても、創造の必要性は存在しません。 <「サーンキャ・カーリカー」…

停止したプラクリティを、プルシャは観客のように眺める

サーンキヤ・カーリカー 第65節・その注釈で述べられていること それにより、生み出すことをやめ、目的による7つの様体をとらなくなったプラクリティをプルシャは観客のように、落ち着いてくつろいで眺めます。 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>…

原理を習得すると、知識が生まれてくる

サーンキヤ・カーリカー 第64節・その注釈で述べられていること このように、原理を練習によって習得することで「わたしは~ではない」「~はわたしのものではない」「~の存在はわたしではない」という、あますところのない、間違った認識のない、純粋でま…

プラクリティは様体を使って解脱する

サーンキヤ・カーリカー 第63節・その注釈で述べられていること プラクリティは7つの様体を使って、自分で自分を束縛します。プラクリティ自身がプルシャのために、ひとつの様体を使って解脱をさせます。 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>ではプ…

プルシャではなくプラクリティが束縛・解脱・輪廻をする

サーンキヤ・カーリカー 第62節・その注釈で述べられていること それゆえに、いかなるもの(プルシャ)も、束縛されることなく、解脱することなく、輪廻することもありません。さまざまなものを拠り所とするプラクリティが、束縛・解脱・輪廻をしているので…

プラクリティほどきめ細かく柔軟なものはない

サーンキヤ・カーリカー 第61節・その注釈で述べられていること 「プラクリティほどきめ細かく柔軟なものは、ほかには存在しない」というのがわたしの考えです。観る者に向けてふるまった後は、再びプルシャに見られようとはしません。 <「サーンキャ・カー…

プラクリティは無用なことを実行する

サーンキヤ・カーリカー 第60節・その注釈で述べられていること 新たなさまざまな方法を使って、情け深く非利己的に、プルシャのためにグナを有するプラクリティは、グナを有さないプルシャのために、意味もなく実行をします。 <「サーンキャ・カーリカー」…

プラクリティはプルシャにみずからを示したら活動を終える

サーンキヤ・カーリカー 第59節・その注釈で述べられていること ステージで演目を終えたダンサーが踊りを終了するように、プラクリティはプルシャにみずからを示したあと、活動を終えます。 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>第59節と第60節はフェ…

プラクリティはプルシャの解脱のために活動する

サーンキヤ・カーリカー 第58節・その注釈で述べられていること 思いを鎮めるために人間が行為をするのと同じように、プルシャの解脱のために、未展開のもの(プラクリティ)は活動をします。 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>サーンキヤ哲学の二…

根本原質としてのプラクリティの活動

サーンキヤ・カーリカー 第57節・その注釈で述べられていること 子の成長のために無意識の牛乳が活動するように、 プルシャの解脱のために、根本原質としてのプラクリティは活動します。 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>前節に引き続き、プラク…

プラクリティの活動目的

サーンキヤ・カーリカー 第56節・その注釈で述べられていること プラクリティの自動的な活動は、大なるものから元素に至るまでに及び、それはプルシャの解脱のために行われます。自己のためであるかのようでありながら、他のもののために開始されます。 <「…

苦しみは自然なこと

サーンキヤ・カーリカー 第55節・その注釈で述べられていること そこでは、知性をもつプルシャは老いと死によって引き起こされる苦しみを受けます。リンガが消滅するまで。それゆえ、苦しみは自然なことです。 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>被…

3種の性質(トリグナ)と被造物

サーンキヤ・カーリカー 第54節・その注釈で述べられていること サットヴァの多いものは上方に、タマスの多いものは下方に、ラジャスの多いものは中間に。創造はブラフマーから草にまで及ぶ。 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>前節の内容に即しつ…

被造物は3種類 神、動植物、人間 

サーンキヤ・カーリカー 第53節・その注釈で述べられていること まとめると、被造物は神々のものが8種類、動植物で5種類、人間で1種類あります。 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>このあとの第54節から「創造とグナ」の説明になるので、そのまえ…

「リンガ」と「状態」 2重の創造

サーンキヤ・カーリカー 第52節・その注釈で述べられていること 「状態」がなければ、「リンガ」は存在しません。「リンガ」がなければ、「状態」はあらわれません。そのれゆえに、「リンガと呼ばれるもの」「状態と呼ばれるもの」として、2重の創造が行われ…

達成は8種類

サーンキヤ・カーリカー 第51節・その注釈で述べられていること 8種類の達成は 考えること ことば 学習 内なる苦痛を滅する(「3種の苦痛を滅すること」の1) 外なる苦痛を滅する(「3種の苦痛を滅すること」の2) 神意、運命による苦痛を滅する(「3種の苦…

満足は内的なものが4種、外的なものが5種。合わせて9種類

サーンキヤ・カーリカー 第50節・その注釈で述べられていること 内的な満足は4種類あり、「プラクリティ」「材料」「時間」「幸運」と呼ばれます。外的な満足は5種類あり、感覚器官の対象から離れることから起こります。(これらを合わせ)満足は9種類と考え…