まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

うちこの座学から

神の存在のイメージが "道徳の先生" よりも "友だち" に近いインド

バガヴァッド・ギーターの読書会で、第9章7節・8節で展開される世界の仕組みの語りに対して「"はじめから何も生み出さなければ、こんなややこしい世界にならないのに" という点について、あっさりスルーされていてちょっと悶々とする」という感想を聞かせて…

講座のおしらせ「バガヴァッド・ギーターをうなりながらタテノリで読む会」(新潟県長岡市開催)

「バガヴァッド・ギーター」読書会・新潟県長岡市開催のご案内です。(長岡市では初開催です) ひとりで読むよりも、同じ言語で同時代を生きる他人と読むことで、ギーターがグッと身近になる読書会です。 日本はインドと違ってカーストやヴァルナのような身…

「煮沸消毒」と「こすり洗い」

この理解・解釈は自分の中にずっとあるもので、身体を動かすヨガクラスでたまに話していることです。わたしはヨガ・インストラクターやヨガ講師と言われる立場でクラスをリードしますが、練習に来る人の宗教観はさまざま。なので、日常に落とし込んだ説明を…

執着にもバリエーションがある

バガヴァッド・ギーターの読書会で、気になる節として13章10節を選んだかたが、 『ひとことで「執着」といっても、それをよくないと思っている人もいるし、むしろわたしの場合は少し執着しているふりのようなことをしないと相手を悲しませたり怒らせてしまう…

さびた自転車であることを認めて、少しぐるりと大回りでいこう

わたしのところへは、かつてヨガをやっていて、久しぶりに再開しようという気持ちで来られるかたもいらっしゃいます。 先日、一度おいでになったあと少しブランクを経ておいでなったかたが「前回、頑張りすぎちゃって…」とおっしゃっていました。 「前回は、…

暗示になるから言わない

これは座学ではなくヨガクラスであったこと。直近数回の練習の動きで少し気になる左右差が見えた人に 「右の足首、ケガかなんかしてます?」 とたずねたら、とくにケガではなかったようなのですが「前から気づいていたのですか」と言われました。気になって…

ill-willの感情が論外視されがちである、という認識

夏目漱石の小説を題材に、インド思想の心理学視点で「心」を掘り下げていく時間でお話したこと。ここでは過去にインド人のヨガの先生から過去に聞いた話を含めて書き起こします。この話をしたのは、「坊つちゃん」という小説に登場する主人公のさまざまな「…

「光り輝く」にもいろいろありまして

これは、たまに背景の思想も含めながら説明をする拡大版・ハタヨーガのクラスで話したこと。その内容に、解説を加えて書きます。その日は呼吸法のカパーラ・バーティをやりました。この「バーティ」には光り輝くという意味がありますが、あまり端的に話して…

訳のトーンの差を見る。バガヴァッド・ギーター9章23節の「avidhi purvakam」

バガヴァッド・ギーターを読む会の関西開催で話した、ギーターの日本語訳のおもしろさについて。 ギーターをいろいろな訳で読んでいると、こういうのは訳しにくいのだろうなと思うところがいくつもあります。9章23節の最後「avidhi purvakam」の部分は、学者…

ギーターの暗唱のようなことが起きた

バガヴァッド・ギーターを読む会の関西開催で、こんなことがありました。 参加者の感想のなかに、クリシュナがまるで「ジャイアン・リサイタルのようだ」「なんでこんなにパーティー・ピーポーっぽいのか」という率直なコメントがあり、わたしもそんなことを…

集中したアーサナの練習1回で、ギーターを1冊読んだような心身読了感

アーサナを何年も継続してからギーターを読むようになった人が、読書会で感官の制御に関する節を選ぶケースが増えてきました。わたしはヨーガはその哲学に入る前にアーサナのクラスを経てから参加いただくのがよいと思っていて、アーサナのクラスはもちろん…

ライチをはじめて食べたときのこと

バガヴァッド・ギーターに出てくる smrti(記憶)に karma-indriya(行為器官)、jnana-indriya(知覚器官)と直接経験、推論を組み合わせた事例として、こんな話をしました。以下、口語調で書きます。 わたしはインドの書物にある記憶や五感・知覚・経験に…

きゃりーぱみゅぱみゅ

バガヴァッド・ギーターやヨーガ・スートラに出てくる smrti という「記憶」に関する話題のなかで、こんな話をしました。 「かわいい」にもいろんなかわいいがあります。ピンクや赤のようなものや、まぁるいもの、ラブリィ、プリティ、ちっちゃなタイニィ… …

男は九つの門、女は十の門。ヨーガは長らく、男性たちのものだった

ヨーガでは感覚を統制することを教えるので、わたしはアーサナのクラスでもたまに、感官=門の説明をします。 ヨーガでは肉体を「九つの門のある城」のように表現します。門というのは、感覚の発生するきっかけを作る穴。眼×2、耳×2、鼻×2、口、尿道、お尻の…

夏目漱石の小説をインド哲学講座の題材にしている理由

2015年の夏の関西開催で、夏目漱石作品をもともといくつか読んでいて初参加をされたかたから「なんで夏目漱石なんですか?」というシンプルな質問をいただきました。 そこで作成したテキストに補足を加え、主な理由をいくつか紹介します。 二元論を超えよう…

食事の前に歌うバガヴァッド・ギーター「15章14節」と「消化」のこと

座学で途中におやつタイムを入れる際に唱えている歌は、バガヴァッド・ギーター第15章14節です。 私は一切人火(ヴァイシュヴァーラナ)となって、生類の身体に宿り、プラーナ気とアパーナ気に結びつき、四種の食物を消化する。(上村勝彦 訳) 歌は、わたし…

ギーターでしつこく説かれる「主体性」

バガヴァッド・ギーターにはいくつか太いテーマがありますが、そのなかのひとつが、主体性をもって生きること。直接的な表現は少ないですが、全体に薄紙を敷いたような存在感で根底にあるテーマです。バガヴァッド・ギーター読書会で2章47節を選んだかたが、…

帰属意識と Abhinivesha

『夏目漱石「こころ」をヨーガ心理学で読む会』で「帰属意識と Abhinivesha」について話しました。 この講座は読書会形式で、参加者のみなさんが課題図書の中から抜き出したフレーズを元に、ヨーガ哲学の視点で掘り下げていきます。同じサンスクリット語でも…

インドの「知恵」のありかた。足す知恵と引く知恵

これはわたしがよく座学で説明する、インド哲学を「学ぶ」ときの大前提の話。 インド哲学を学ぶときは、インド独特のこの価値観を理解しておくと、いろいろな教典の意味も解釈しやすくなります。 日本とインドでは「知恵」の概念に大きな違いがあるのですが…