まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

苦しみは3種類ある

サーンキヤ・カーリカー 第1節・その注釈で述べられていること

3つの苦しみによるダメージから、その苦しみを征服する方法を知りたいという気持ちが起こります。

その方法は目に見えているから、さらに知ろうとすることは無用なことかというと、そうではありません。

その方法は、永続的なものでも完成されたものでもないからです。

 

 <「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>

「三苦」はバガヴァッド・ギーターの2章56節にも登場しています。

注釈書では、以下の3つと解説されています。

  • 「きっと○○にちがいない」などの心配は「内なるもの」(adhyatmika)
  • 外部要因や自分以外の生き物によってもたらされるものは「外なるもの」(adhibhautika)
  • 自然災害など人知の及ばないものは「神聖なもの」(adhidaivika)

 

<日本語化の意図メモ>

第72節に「議論を避けている」という内容があるので、この部分のトーンはよりまろやかに、「~が無用なことだという者がいるならば、そうではない」というように、人の存在を感じさせない文章にしました。

諸先生の訳は「もし反対者がこう言うならば」「こう言う人がいるならば」というトーンで訳されています。これもまた「議論を避けている」という意味を成していますが、ここではシンプルに理解しやすいように日本語化しました。

 

<用語メモ>

苦痛、苦悩、苦しみ(dukha)
3(traya)
アプローチ、ダメージ、やってくる(abhigata)
征服する(ji)
知、知る、賢い(jna)
知りたいと思うこと、探究心(jijnasa)
それにより(tad)
原因、理由、目的(hetu,hetau)
見る、知る、認識する、あらわれる(drste)
求めること、探求、研究(sa)
~なしに、意味がない、無用、余分な(aparta)
もし~といえば(cet)
~でない限り、もし~でなければ(cen na)
完全なもの、決定的なもの、確実なもの(ekanta,ikanta)
永続するもの、究極的なもの(atyanta)
ない(notある)、存在しない(not存在する)(a+bhavat / a=not)

 

アーサナ練習の雑学メモ>

よくヨーガの練習時に唱えられる「オーム、シャーンティ×3」の3回唱える意味の説明にもなっている三苦の思想です。

 

<考察>

夏目漱石の「草枕」の冒頭『 智に働けば 角が立つ。 情に棹させば流される。意地を通せば 窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。』という部分は三苦の思想の影響を受けているという説があります。サーンキヤ・カーリカーの漢訳版「金七十論」は古くからあり、夏目漱石の時代の識者は漢文を読んでいたので、漢訳教典を読んでいたとしてもまったく不思議はありません。

参考:

 

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