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まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

プラクリティはプルシャにみずからを示したら活動を終える

Samkhya Karika

サーンキヤ・カーリカー 第59節・その注釈で述べられていること

ステージで演目を終えたダンサーが踊りを終了するように、
プラクリティはプルシャにみずからを示したあと、活動を終えます。


<「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>
第59節と第60節フェミニズム原理主義っぽい人が読んだら発狂しそうな節ですが、そのあとの第61節のいさめかたがおもしろい展開になります。


<日本語化の意図メモ>
ここは、単語としてプルシャが男性詞、プラクリティが女性詞であることを踏まえて読むと、別の妙味が出てきます。


<用語メモ>
舞台、ステージ、シアター(ranga)
ショーを終えたあと、見せ終えたあと(darsayitva)
消える、離れる(nivartate)
ダンサー(nartaki)
ゆえに、だから(yatha)
プルシャ(purusa)
そのように、同じように、同様に(tatha)
みずから、自ら(atmanam)
照らす、明らかにする、示す(prakasya,prakasha)
作動をやめる、動きをやめる(vinivartate)
プラクリティ(prakrtih)

 

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