まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

執着にもバリエーションがある

バガヴァッド・ギーターの読書会で、気になる節として13章10節を選んだかたが、

『ひとことで「執着」といっても、それをよくないと思っている人もいるし、むしろわたしの場合は少し執着しているふりのようなことをしないと相手を悲しませたり怒らせてしまうことがあって…』

  と話してくださったのをきっかけに、ギーターに出てくる「執着」にはいくつも語があって、この節では「sakti(サクティ)」という言葉が使われています、という話をしました。
執着にもいろんなはたらきかたがあって、ギーターにはいくつもの語が出てきておもしろいのですが、3つ紹介します。

執着のニュアンスを分けるならこんな感じです、

  • raga(ラーガ):親愛、焦がれる、情熱的に好き、欲がある感じ
  • sakti(サクティ):関係の深さや関係性にこだわる感じ
  • sanga(サンガ)一緒でありたい、つながっていたい、集まりたい


中国語の「関係 / グワンシ」は サクティ が近そうですが、日本人のつるむ・所属意識の感覚はサンガのほうが近そうです。
「離欲」にあたる語は「viraga」であることが多く、「vi=離れる」「raga=欲」です。ヨーガ・スートラでこの語になじみのある人もいるでしょう。
今回話のきっかけになった13章10節でのサクティは「asakti」で「a=not・ない」「sakti=関係性へのこだわり」です。妻、息子、家との関わりかたへの執着を対象としています。


漠然と不安になったとき、そこに執着が満たされない感情があったとして、いま自分はどの種類の執着が満たされていないのか…。
あえて分けようとしてみると、対象ごとに執着の性質も違うことがわかります。わかりやすい例でいうと失恋であればラーガ、退職であればサクティ、卒業であればサンガというように。
対人関係で漠然と不安を感じたとき、誰に対するどういう性質の執着を自分が持っているのかを棚卸しすることで、より自分の状態が見えてくるかもしれません。