まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

5つのMと魚の話

5つのM(Panca Makara)の話そのものは、インド思想のヨーガに関わるトピックの中では、"誤解のもとのひとつ" として形で扱われているもの。これについて、シャルマ先生が少しだけ雑談で話してくれたことがありました。どんな話しかたをするのかな…と、気にしながら聞きました。
わたしは日本の仏教、密教、そしてそのなかに真言立川流という変わった宗派もあったという歴史を本で読んだことをきっかけに、インドやチベット密教の歴史にあったとされる左道密教とよばれたものを「そういうものも、あったのだな」と認識しており、知識の免疫はあったので驚かなかったのですが、現代のスタイリッシュなヨーガから瞑想・哲学へと関心を寄せていく人にはやはり驚かれる話題のようです。


「5つのM」というのは、5つのMではじまるものを祀って行う儀式のこと。特異な宗派で行われていたと伝えられるものです。
パンチャが数字の5。Makaraは M+karaで「Mの字、Mの音」という意味。

  • Madiya(アルコール)
  • Mamsa(肉)
  • Matsuya(魚)
  • Maithuna(性交)
  • Mudra(印。「穀物」を指す理解が多いようです)

この「Maithuna(性交)」が特に誤解のもととされており、ヨーガの教典訳でも英語の本はここに結びつく内容の節をカットして出版されているものもあります。

 
先生は5つのMのうち「魚(Matsuya)」についておもしろい話をしてくれました。マツヤアーサナマツヤです。絵を描きながら以下の話をしてくださいました。(授業は英語だったので日本語訳はわたしによる訳です)

ガンジス川(ガンガー)とヤムナー川
それぞれの川を魚が下ってきて、出会う場所があるんだ

先生がどこかで学んだことを、思い出すようにつぶやくように話してくれました。


インド思想には、二つの流れが「合わさる」ことに神聖さを見るような、そのような考えかたがあるように見えることがよくあります。
アルコールと肉と穀物については「豊穣」以外の理由では祀るのに思いつくものがありませんが、魚のこのお話はまるで男女の運命の出会いのようで、少しドラマチックに聞こえます。こんなふうに惹きつけられる要素があるからこそ、さまざまな解釈が生まれてゆくのかもしれません。