まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想(インドの視点)をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、サーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

わたしが向かう方向を示すマントラ「パヴァマーナー・マントラ」(アサトーマー)

今年(2025年)のヨガクラスから、このマントラPavamana Mantra)を唱える機会を増やしました。

古い書物ウパニシャッドBrihadaranyaka Upanishad)にある有名な句で、「アサトーマー」という節ではじまるので、それを通称として呼ぶ人の多いマントラです。

 

若い頃はこのマントラの全体と、特に一行目が自己を導く要素として輝いて見えていたのですが、年齢的に中年のイベントを乗り越える時期となってからは、このマントラの二行目、三行目の輝きもありがたく感じるようになりました。

これは人生に寄り添ってくれるマントラと思いました。

 

以下の画像はわたしがヨガクラスでお会いした人向けに練習の補足資料としてお送りしている音声付きスライドのキャプチャです。

 

 

 

このマントラに親しんできたわたしの経験・実感は、現在は以下です。

 

一行目は、わたしが不真実から真実へ導かれることへの祈り。

ヨガでいう不真実は、事実を曲げてしまうこと。

人生の瞬間の中で、曲げた事実は幻想だと気づけなくなることがあります。

そういう幻想に逃げこんでステイしようとする心に立ち向かえるように。

そんなふうに背後から前へ押し出してくれる一行です。

 

 

二行目は、わたしが重さや暗さから明るい光の方向へ導かれることへの祈り、願い。

自分の中にある鈍い部分が優勢になったときに、怠惰になる自分の鈍化を食い止める。

やらない理由などいくらでも思いつく大人になってからの人生で、堕ちていく自分を下から押し戻してくれる一行です。

 

 

三行目は、現在あるものが滅することへの恐怖は無意味であることを理解すること。この行は、インドの人のように生育環境の中で輪廻思想がインストールされたわけではない日本人のわたしなので、死や滅亡に対する意識を扱う一行として、まだ理解の途中です。

ここはこれから、死や滅亡に触れる機会が増えていくことで、より祈りとして実感が湧いていくのだろうと推測しています。

 

 

このマントラは自分の長い人生に沿ってずっとそこにあるマントラなのだとあるとき思ったのをきっかけに、同じ時代を生きながら練習をする人に共有したくて、今年からヨガクラスに定番のマントラとして加えました。

 

 

 

<わたしからのお知らせ>

ヨガを始めてみようかな、再開しようかなと思ったかた、どうぞおいでください。一回単位で参加できます。

東日本橋駅浜町駅近くの、東京の静かなエリアでヨガクラスを開催しています。

ヨガ経験者のかたは日曜・水曜どちらでも。これからヨガを始めたいかたは、水曜夜がおすすめです。人それぞれ力の入りやすい(硬くなりやすい)部分を見て、動かし方の提案をしています。

世界の繋がりと、心に響く「マンガラ・マントラ」

2025年のヨガクラスから、夜のクラスでも Mangala Mantra(マンガラ・マントラ)を唱えています。

 

このマントラは、アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨーガの練習の終わりに唱えるクロージング・マントラとして知られていますが(2001年の9.11の頃からのことだと教わったことがあります)、特に末尾のフレーズが吉祥・平和を祈るマントラとしてよく知られているものです。

 

わたしがヨガを始めたのは 9.11 が起こった数年後です。

9.11のときは、衝撃の出来事を職場のPC画面で知りました。

まだスマート・フォンはなかったけれど、その頃ニュースは職場で見るインターネットを通じて広まるものになっていました。

 

あれから25年。世界中のニュースが個人のアクションで拡散されるようになり、世間に漂い飛び交う情報量が、考えられない規模まで倍増しました。情動で世界がかき回されるようになりました。

 

世界のリーダーたちの判断は、世界を統合しようとしたり、相入れずに分裂したりの繰り返し。前進からの揺り戻しも民衆の扇動も、どこまでが本当に存在しているのかわからない意思のエネルギー情報があふれています。

 

 

そんなここ数年を見てきて、このマントラを紹介したくなりました。

「公正な判断と秩序で世界が運用されますように」

という祈りのフレーズが含まれています。

 

 

▲ヨガクラスに参加された方へお送りしている動画解説・スライドのキャプチャです

 

 

平和を祈るマントラはいろんなものがありますが、特に「にゃーいぇーな まるげーな まひーんまひー しゃは」が、ずしんときます。

のんきに祈っているだけじゃない。意外と具体的。

 

 

▼続き(終盤)も紹介しておきましょう。

 

 

精神がかき乱されていない状態を願う存在は、精神そのものを客観視しています。

意外と、ものすごく具体的。

ヨガは目に見えないものを浄化しようとしています。

マッスル・トーンを弓矢の適切な張りと捉える

わたしがインドで受けたプログラムは午前中に身体を動かす練習をしたあと、休憩を挟んで毎日50分ほどのヨーガ・ニードラの時間がありました。
その実践を通じた内容が哲学のクラスで解説されるのですが、横になって行う瞑想の練習「ヨーガ・ニードラ」に出てくるスクリプト「マッスル・トーンを整える」についてはこのように説明されました。

 

  • 正しい生理的態度が骨と筋力に影響する
  • アーサナは自分の体重でやるのだから
  • ヨーガ・ニードラはマッスル・トーンをミニマムに整えてくれる
  • マッスル・トーンは高すぎても低すぎてもよくない
  • 弓矢と同じで最適のレベルがある
  • 低血圧にもよい


シャルマ先生はアーサナのクラスに生徒とマットを並べて参加されることがよくあり、具体的に生徒の変化を見てくれていました。
この授業の日には、バレリーナでもある生徒の名前を出しながら、「彼女は柔らかすぎた部分がほどよくかたく、整った」とお話しされていて、そんなふうに見ていたのかと思ったのでした。