まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

ヘルマン・ヘッセ『デミアン』をヨーガの視点で読む会(神戸開催)

(おとなのための読書会なので、R25です。25歳以上のかたはどなたでもご参加いただけます)

これまで小説を使ってインド思想の視点に近づいていく読書会を夏目漱石の作品で開催してきましたが、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」で開催します。


この小説は思春期の物語でですが、その「思」の成分はおとなになっても繰り返す「価値観を探すときの気持ち」そのもの。この気持ちを失っているときは、えいやっと外部の価値観を採用しているとき。外部の価値観に頼っているとき。外部の価値観を利用すればいいのだと割り切れるくらいズルくなれればもっと楽だろうに…と思うなにか。

小・中・高校生と暮らす人が読めば、いままさに彼ら彼女らが言語化できずに迷っていることに、あの頃の思いを解凍しながら近づいてゆけるでしょう。社会の善悪の価値観は世間の流行やムードや法改正とともに変化していくけれど、世代を問わず必要になる、人間としてもちたい精神の筋力やバネの力を一緒に探っていきましょう。


これまで夏目漱石読書会、バガヴァッド・ギーター読書会に参加されたことのある方はもちろん、現代社会のなかであらためて自身の価値観を見つけてみたい人や、同時代を生きる人たちと意見の交換をしてみたいかたは、どうぞモジモジせずご参加ください。初参加しやすい作品です。
ひとりでのぞき込むのは少し躊躇してしまう自我の海へ、みんなでそっと近づいてみる、そんな時間です。


当日はみなさんから事前にいただくいた感想をもとに、ほかのかたと認識・意識を共有していくテキストを作成し、それをもとに進めていきます。
進行の最中に、話題となった場面にあるこころのはたらきかたを、インド思想のなかに出てくる概念・視点で補足していきます。

 

  • 開催日時:2018年12月15日(土)9時30分~11時45分
  • 開催会場:神戸三宮駅から徒歩12分のスペース(お申し込みいただいたかたへご案内をお送りします)
  • 参加費:3000円。当日会場でお支払いください。
  • 持ちもの:筆記用具、「デミアン」あるいは「デーミアン」(どの出版社のどの訳でもよいです)
  • 事前準備:お申し込みをいただいた方へ、簡単な感想をいただく質問事項をメールでお出ししますので、12月8日(土)24時までに返信をください。むずかしいことは問わない、意識を整理するための宿題です。(←楽しいよ!)
  • 申し込み:こちらからどうぞ

 

 以下、物語の本筋には触れないように書いているわたしの感想です。(ネタバレなしということです)今年この作品を読書会の題材に選んだ理由も、以下を読むとより理解いただけるかと思います。

uchikoyoga.hatenablog.com

 

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2018年12月 うちこの関西生ブログ

『バガヴァッド・ギーター』をうなりながらタテノリで読む会(神戸開催)

「バガヴァッド・ギーター」読書会・関西開催のご案内です。

ひとりで読むよりも、同じ言語で同時代を生きる他人と読むことで、ギーターがグッと身近になる読書会です。座って聞いているだけの座学よりも楽しめるようにとの思いで読書会形式にしています。

日本はインドと違ってカーストやヴァルナのような身分の仕切りは少ないはずなのに、日常生活ではムードに合わせて空気を読んだり忖度したり、根っこのところは似ています。根っこのところはどの社会も似ています。

そんなわれわれにとって、理不尽と感じる状況の中でも己を保つ知恵がてんこ盛りの「バガヴァッド・ギーター」は、読んでびっくりの詩集(あえて詩集とここでは書きます)。実際読んでみると、ガンディーが心の支えにしていたというのも至極納得の聖典です。

インドの聖典といわれてもさっぱりピンとこないというかたも、大丈夫。冒頭でこの書物やその背景について(時代・書物の性質・詩節について・文や語調のこと・描かれているテーマ・社会や階級のことなど)、インド思想の概略をお話しします。そのあと、いっしょにいくつかの節を掘り下げてみましょう。

 

  • 開催日時:2018年12月16日(日) 9時20分~11時45分(会場は9時オープン)
  • 会場:三ノ宮駅から徒歩12分くらいのところにある学習スペースです。入り口がわかりにくいので、参加のかたへメールでご案内します。
  • 持ちもの:筆記用具、バガヴァッド・ギーター(どこの出版社のどの訳でもよいです)
  • 事前準備:事前にギーターを読み、刺さった or グッときた節をひとつ選び、12月8日(土)の18時までに簡単な理由を添えてメールをください。選曲リクエスト感覚でかまいません。(※初参加のかたは宿題提出なしでも参加いただけますが、なんか出したほうがちょっと楽しいです。第1章でつまずいたかたは、第2章と18章に目を通してみてください。そこからエイヤッとでも、選んでみてください)
  • 申し込み:こちらからご連絡ください

 

▼対話型講座についての、ちょっとした思いはこちら

 

▼バガヴァッド・ギーター 本のこと

uchikoyoga.hatenablog.com

 

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2018年12月 うちこの関西生ブログ

「無執着」のよくあるまちがった理解

ヨーガの哲学に必ずといっていいほど、しつこいといっていいほど登場する「non-attachment」「detachment」については、「こうではない」というイメージを併せもつことが有効のようです。わたしは授業で「よくあるまちがった理解」について教わりました。

シャルマ先生は「non-attachment」も「detachment」も、どの分野においてもパフォーマンス発揮の極意だとお話されていました。
授業は英語だったので補足すると

  • non-attachmentnon愛着(「愛着のない」と訳すと「まちがった理解」に近づいてしまう)
  • detachment超然(「無関心」と訳すと「まちがった理解」に近づいてしまう)

実際ここの説明の時点で、わたしのルームメイト(イタリア人)が先生に「マザー・テレサの教えはどうなるの?」という質問を挟んでいました。detachmentを脳内で「無関心」と訳すのは日本人だけではないようです。


先生は「よくあるまちがった理解」として以下のことをリストアップされていました。辞書に登場する語のなかでも間違いから遠いであろうとわたしの思う日本語を添えます。

  • renunciation:放棄
  • insensitive:鈍感な、無感覚な、心ない
  • cold brooded:冷血な
  • emotionless:感情のこもらない
  • selfish:自分本位
  • non caring:面倒見のわるい
  • passive:保守的な
  • unable to love lonely:孤独を愛することができない
  • running away from responcibility:責任逃れ


この授業を受けながら、項目が後半へ進むほどリアルに責任逃れの退路を断たれた感じがしてドキドキしたのを覚えています。