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まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

「リンガ」と「状態」 2重の創造

Samkhya Karika

サーンキヤ・カーリカー 第52節・その注釈で述べられていること

「状態」がなければ、「リンガ」は存在しません。
「リンガ」がなければ、「状態」はあらわれません。
そのれゆえに、「リンガと呼ばれるもの」「状態と呼ばれるもの」として、
2重の創造が行われます。

 

<「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>
第40節~43節で述べてきた「リンガ」と、第45節~51節で述べてきた「こころの状態」について、一度ここでまとめています。
このあとの節で、「創造と輪廻」の関係の説明に入っていきます。


<日本語化の意図メモ>

「2重の創造」の箇所は、ほかの先生の訳では「2種の」と訳されていますが、湯田豊先生は「創造は二重に活動を開始する」とされています。ここは2つの方行に割れていくものではないので、「二重」とするのはたいへん繊細な訳に見えます。
中村元先生は、この節の「状態(bhava)」に「観念の創造」というカッコ書きを添え「心的状態」と訳されてい ます。これが、「第40節~43節」「第45節~51節」の群の区切りを理解する大きな助けになりました。

第41節の文の形式(「NO MUSIC, NO LIFE.」のような韻の踏み方)が再登場しています。
サーンキヤ・カーリカー」全72節の中なかで、この部分をこの形式の節で挟んでいるというのはものすごく粋だと思うのですが、そもそも教典は文学的な読まれ方をするものではないため、こういう「粋」な点に言及している解説がありません。
「~がなければ、~がない」「~があるから、~がある」というのはインド哲学の教典によくある形式なので、学者のかたには「いつものこと」なのかもしれませんが、わたしには「サーンキヤ・カーリカー」のこういうところが、たいへんオシャレなものに見えます。


<用語メモ>
no,not(na,nir)
~なしに、without(vina)
リンガ、微細な身体(linga)
はたらく、はたらき(vritti)
リンガと呼ばれるもの(linga+khya)
状態と呼ばれるもの(bhava+khya)
それゆえ、したがって、そのため(tasmad)
2(dve / 参:dva になると、「両方の」)
2つの、2種類の(dvividha)
行われる、結果、そうなる、有効である、適用される(pravartate)
創造(sarga)

 

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