まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

「無執着」のよくあるまちがった理解

ヨーガの哲学に必ずといっていいほど、しつこいといっていいほど登場する「non-attachment」「detachment」については、「こうではない」というイメージを併せもつことが有効のようです。わたしは授業で「よくあるまちがった理解」について教わりました。

シャルマ先生は「non-attachment」も「detachment」も、どの分野においてもパフォーマンス発揮の極意だとお話されていました。
授業は英語だったので補足すると

  • non-attachmentnon愛着(「愛着のない」と訳すと「まちがった理解」に近づいてしまう)
  • detachment超然(「無関心」と訳すと「まちがった理解」に近づいてしまう)

実際ここの説明の時点で、わたしのルームメイト(イタリア人)が先生に「マザー・テレサの教えはどうなるの?」という質問を挟んでいました。detachmentを脳内で「無関心」と訳すのは日本人だけではないようです。


先生は「よくあるまちがった理解」として以下のことをリストアップされていました。辞書に登場する語のなかでも間違いから遠いであろうとわたしの思う日本語を添えます。

  • renunciation:放棄
  • insensitive:鈍感な、無感覚な、心ない
  • cold brooded:冷血な
  • emotionless:感情のこもらない
  • selfish:自分本位
  • non caring:面倒見のわるい
  • passive:保守的な
  • unable to love lonely:孤独を愛することができない
  • running away from responcibility:責任逃れ


この授業を受けながら、項目が後半へ進むほどリアルに責任逃れの退路を断たれた感じがしてドキドキしたのを覚えています。