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まろやかインド哲学

専門性よりも親しみやすさを優先し、インド思想をまろやかな日本語で分解演習します。座学クラスの演習共有のほか、インド六派哲学のサーンキヤとヨーガの教典についてコメントしながら綴ります。

ブッディは微細なものを識別する

サーンキヤ・カーリカー 第37節・その注釈で述べられていること

ブッディはプルシャに、あらゆるものに対する "享受" を成立させます。

またさらに、「プルシャがプラクリティとは別のものである」という微細な違いを識別しているのもブッディです。


<「サーンキャ・カーリカー」内でのこの節>
前節で外部から受けた刺激がブッディにたどりつくまでの説明をし、この節で識別機能をもつのはブッディ(統覚機能・理性)である、としての説明を終了しています。
この次の節から、別の用件(微細体)の説明に入っていきます。

 

<日本語化の意図メモ>
プルシャを主語として訳すかブッディを主語として訳すかで表現の違いが出てくる節ですが、プルシャが○○できているのは○○のはたらきのおかげ。というニュアンスにすることで、ブッディの役割のまとめがわかりやすくなるようにしました。

 

<用語メモ>
すべて(sarvam)
享受する、消費する、使う、食べる、楽しみ、喜び(upabhoga)
所有する、与える(bhogam)
それにより、なので(yasmat)
プルシャ(purusa)
成し遂げる、成功、成立させる、遂行する(sadhayati)
ブッディ、統覚(buddhi)
別なものとする、違うものとする、見分ける、聞き分ける(visinasti)
また、再び、さらに、まだ、しかし、そのとき(punah)
根本原質としてのプラクリティ(pradhana)
違いを、違い、なにかとなにかの違い(taram)
微細なもの、微細な(suksma)
※ここは「purusasya upabho-gam」と「sarvam pratysadhatati」が入れ子になって「sarvam pratyupabhogam yasmat purusasya sadhayati buddhih,」となっており、複雑。praty 単体は、これがつく語の共通点を見ると「何かが動くかも」というような感じと思われる。

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